新春の御挨拶を申し上げます

 新春を寿ぎ、皆々様のご多幸をお祈り申し上げます。  平成20年、2008年はマトリョーシカのルーツを巡る一年でした。  箱根=入れ子七福神ルーツ説、松山=姫ダルマルーツ説、セルギエフ・パサード=玩具博物館、モスクワ=マトリョーシカ博物館等について、ダイジェストでお送りします。  モスクワ北方約70キロメートルにあるセルギエフ…
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ルースキー スヴェニール マトリョーシカ -5

(知人に配る目的で本訳書を自費で製本しました。100部少々残りましたので、ヤフーオークションに出品します。)  最終章にあたる部分です。本書が出版された1997年は、約7000倍といわれるハイパーインフレがようやく治まりつつある時期でした。街角で物乞いをしながら共産主義時代を懐かしむ老人がいる反面、「どんなに苦しくても自由が良い」…
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ルースキー スヴェニール マトリョーシカ -4

訳注=ソ連崩壊後の経済的混乱期を生きた原著者の心情がうかがえる部分です。 64  ロシアの経済的、社会的、文化的生活が変わって、有名なゴルバチョフのペレストロイカはあらゆるロシアの独自性に対する世界の大きな関心を呼び起こしました。  絵付きマトリョーシカは独特のルネッサンスで再生しました。  100年前のようにマトリョーシカ…
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ルースキー スヴェニール マトリョーシカ -3

 以下、セルギエフ・パサートからニジニノブゴロド、ヴャツカ(Вятска)=キーロフ等に産地が広がる過程が紹介されます。  セルギーエフ・パサートのマトリョーシカは大変な人気でしたが、その人気のせいでしょうか、ロシア各地にマトリョーシカ制作と絵付けの新しいセンターができました。  普通これらは古い家内工業の発祥地、とりわけ旋盤工…
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ルースキー スヴェニール マトリョーシカ -2

 ここでは、マトリョーシカの歴史を大きく「多様な初期」「典型化のソ連時代」「自由と個性化の今日(1997年段階)」の3つの時期に分けて概説されます。 И. Прoхоров  I.プロホロフ 8ピースのマトリョーシカ ナポレオンと幕僚 セルギエフ・パサード 1912年 玩具博物館 26ページ 初め --…
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ルースキー スヴェニール マトリョーシカ-1

(知人に配る目的で本訳書を自費で製本しました。100部少々残りましたので、ヤフーオークションに出品します。)  マトリョーシカ誕生から、初期の様々なマトリョーシカが紹介されます。いきなり日本の箱根人形が参考になったと紹介されます。  2013年9月、マトリョーシカを紹介する興味深い動画を見つけたので、ブログに貼り付けました。…
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2008年 モスクワ=13 その他色々

 最後に、今までに書き落とした、小さな出来事を脈絡無く羅列します。  今回のモスクワレポートはこれでおしまい。しばらく休憩します。  上はインテルブックビジネスという出版社から出版されている3冊の書物です。「ルースキー・スヴェニール」シリーズです。左から順に「イースターのタマゴ」「マトリョーシカ」「玩具」です。  筆写は中…
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マトリョーシカ工場(?)

 セルギエフ・パサードにある「АОФИС、(イグルーシキとスヴェニール=玩具と記念品)」という工場です。マトリョーシカを削りだすところから絵付けまで見せてくれます。  2008年8月14日(木)の記録に、2007年8月4日の記録を併合しました。  2011年12月4日から少し手を加えています。  取り急ぎ、この工場のU…
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玩具博物館

 2008年8月14日(木)、12日(火)行ったセルギエフ・パサードの玩具博物館が月曜と火曜が休館だったから、もう一度行きました。  ヤロスラフスコエ・シャッセです。片側2車線。中央分離帯がありません。  中央は2本の白線が引いてあるだけ。  時速80キロメートル程度のスピードですれ違うと恐怖感が伴います。  左…
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工芸博物館

 2008年8月13日(水) 午後から、サドーボ・サマチョーチナヤにある手工芸の博物館に回りました。  先に書きましたように、午前中はイズマイロボァです。  英語でタピストリー、フランス語でタピスリー、織物の壁掛けです。  これは染め物。のれんのように見えます。  登場人物はルネッサンス絵画に見られる…
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セルギエフ・パサード、ラダネジュ、ハチコーヴォ、アブラムツェヴォ

 2008年8月12日(火)、ラダネジュ、ハチコーヴォ、アブランツェヴォ、セルギエフ・パサードを見ました。  セルギエフ・パサードはモスクワからヤロスラブリへ行く途中にあります。  モスクワのコスモスホテルの前を走る道をプロスペクト・ミーラと言います。  この道を北東に走ると、道の名前がヤロスラフスコエ・シャッセ(ヤロスラ…
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イズマイロヴォ

 今回はイズマイロヴォのヴェルニサージュ(土産物市場)へ3回行きました。 8月9日(土)、8月10日(日)、8月13日(水)です。  8月9日(土)は、マトリョーシカ博物館が休館で、予定が狂ったので、取り敢えずイズマイロヴァへ行くことにしました。  そしたらそこでジャンナさんというマトリョーシカの作家に出会いました。  土…
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プーシキン博物館

 本文は2008年8月9日にプーシキン博物館を訪問した記録です。  2011年12月18日に加筆修正しました。  先に加筆のポイントを書きます。  筆者は、ここで紹介する博物館を「博物館」、日本で有名な(規模もずっと大きいのですが)方を「プーシキン美術館」という具合に訳し分けて区別しています。  どちらもウェブサイト…
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プーシキン美術館

 日本でも有名なプーシキン美術館の入り口です。  (本文は2008年8月9日(土)に作成し、その後部分的に手を加えてきましたが、2010年8月17日(土)に再度訪問し、同月30日(月)に新しい情報を加えました。)  2010年8月17日(火)  前庭にこんな群像ができていました。  レンブラントの夜警です。…
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トレチャコフ

 2008年8月9日(土)  トレチャコフ美術館に立ち寄りました。  拙ブログに、トレチャコフを紹介するページがありました。  情報がダブるので、ここにまとめ直します。  写真はトレチャコフ美術館の創設者トレチャコフです。  上のトレチャコフ像の元になった、美術館入り口にある像です。  19世紀末、帝…
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コスモス・ホテルとВВЦ(ヴェーヴェーツェー=昔のヴェーデンハー)

 2007年と2010年はイズマイロヴォ・ヴェガ・ホテル、2008年8月は、コスモス・ホテルに泊まりました。  どちらも日本人観光客がツアーなどでよく使う、モスクワでは比較的安いホテルです。  コスモスの方がやや高め。  サービスで気づいたことが2つあります。  イズマイロヴォは、市内電話かけ放題。(モスクワ市内通話は無料のはず…
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2008年 モスクワ=1 「空港」

8月8日(金)  空港から地下鉄サビョーロフスカヤ駅まで鉄道が開通したので、早速それを使ってみました。  モスクワには空港が5つあります。その中で国際線として最もよく使われるのが、このシェレメチボ第2空港です。  右に見えているのが出国に使う車道。  到着は1階で、下から出ることになります。  新しくできたア…
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絵付け-絵の具

 セルギエフ・パサートの工場で撮影したマトリョーシカの絵付け風景である。  上2枚は1997年、下2枚は2007年に撮影した。  最後の1枚がわかりやすい。  筆にたっぷり絵の具をつけて、べたっと塗り込んでいる。ガッシュによる不透明描法である。  「絵の具はなんですか」という質問に対して、…
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轆轤師(ろくろし)、旋盤工

2015年5月17日(日)一部手直ししました。  チャイナといえば磁器、ジャパンといえば漆器、 漆器の土台となる木材の成型を担当する巧(たくみ≒職人)を木地師という。形作るものは必ずしも円筒形とは限らないので、木地師=轆轤師ということにはならないが、木地師で検索すると、ほとんどのサイトが轆轤を紹介している。  碗、茶筒、花器等々…
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誕生譚・異説色々

 ロシアの、マトリョーシカに関するサイトを見ると、概ね「ジェーツコエ・ウォスピターニエ」や「キーパーソン」で紹介したようなことが書いてある。これらに紹介した内容が多数意見である。  ここでは「誕生譚・異説色々」として、多数意見と異なるものを紹介する。  まずは、ウィキペディアの日本語サイトである。  平成20年8月30日段階、…
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キーパーソン

 この写真がほしかった。最初のマトリョーシカを作ったズヴョーズドチキンである。  ここまでマトリョーシカ誕生について書いてきた。要点を整理すると次のようになる。  場所は「ジェーツコエ・ヴォスピターニエ」(Детское воспитание)というモスクワの工房兼商店である。  工房の持ち主はアナトーリ・イワノヴィッチ・…
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ジェーツコエ・ヴォスピターニエ

「ジェーツコエ・ヴォスピターニエ」は「子育て」「養育」「教育」というような意味になります。  ジョーツコエ・ヴォスピターニエは、「ロシアのメジチ」と言われた鉄道王サヴァ・イワノヴィッチ・マーモントフの兄アナトーリ・イワノヴィッチ・マーモントフ(Анатолий Иванович Мамонтов 1839~1905)の工房で…
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サヴァ・マーモントフ

 サヴァ・イワノヴィッチ・マーモントフ(Савва Иванович Мамонтов 1841~1918)は、モスクワ~ヤロスラブリ間の鉄道を敷設した事業家である。  この鉄道工事は、「トロイツカヤ鉄道事業」と呼ばれた。初期の目的はセルギエフ・パサードへの巡礼を運ぶことだったとか。  写真は、セルギエフ・パサート駅にある彼…
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バルトラム

 バルトラム(1873年~1931年)という人がいた。  画家、美術史家、玩具収集家と紹介されている。  玩具博物館を作った人である。  ニコライ・ドミートリエヴィッチ・バルトラム(Николай Дмитриевич Бартрам、)は、クルクスの画家の家に生まれて、最初の教育を家庭で受けた。日本史で言えば明治時代だから、…
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セルギエフ・パサード

 セルギエフ・パサードはモスクワの北東約70キロメートルに位置する人口11万人程度の町である。  位置関係を示したくて簡単な地図を作ってみた。  どこにでもありそうな地図だが、筆者の趣味であまり日本では見かけない地名が入っている。  モスクワから北東に走ると、ムィティシシー、ソフリノなどの街を経てセルギーエフ・パサード…
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セルギエフ・パサードのマトリョーシカ

 次に紹介するのはこの2体のマトリョーシカである。  これがセルギエフ・パサードの特徴がよく出ているマトリョーシカである。  中の小さなマトリョーシカを取り出して、それぞれ並べたのが下の写真である。  これらの作品の特徴をまとめよう。 1 現実の田舎の少女を戯画化して描いている。 (1)原則とし…
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お気に入りマトリョーシカ

 この写真から始めよう。  1995年にモスクワ市東部にあるイズマイロヴァ市場で購入した。筆者はモスクワ滞在中にいくつかマトリョーシカを購入したが、その中で最も気に入っているものである。  作品の底に記録がある。セルギエフ・パサート、1995年、コズロワと読める。  一番外側の人形は、座りを良くするために土…
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