マトリョーシカ博物館(退避)


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このページは、古い「マトリョーシカ博物館」のページのクローンです。
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2014年8月2日段階で、マトリョーシカ博物館はなくなっています。
今は、それ以上の情報はありません。

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良くない話です。
携帯電話を紛失しました。
状況とお願いは別のページに書きました。
携帯電話紛失と復旧に関するページへリンクを貼ります。
よろしくお願いします。

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ブログは日記みたいなので、次々と書き足して、古いのはどんどん古くなって忘れられていく。
そんなものだと思うのですが、私は、元々、ホームページの無料スペースが少なくなって、同じくブログの無料スペースを使ってロシアネタを書いてきたので、古いデータを古い日記のように過去に流すわけに行かないのです。

というわけで、マトリョーシカ博物館のページを、普通のサイトのようにリニューアルしようと考えて、その内容をそのままこのページに持ってくることにしたのです。

取り敢えず、古いページをそのまま持ってきます。
現在は、ミラーサイトのように、全く同じものです。

やがては、それぞれを整理して別物にしますが、取り敢えずそんな作業のページです。

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近況をアップしました。
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画像


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 本文は2008年8月11日(月)にアップロードし、その後機会あるごとに少しずつ書き換えてい ます。

 マトリョーシカ紹介番組を貼り込んだページをアップしました。
 モスクワのマトリョーシカ博物館で出会った職員さんが解説しています。

 次にロシアの工芸のページにリンク貼ります。
 ロシアの各地の特色ある工芸が、全てと言って良いほどマトリョーシカの図案に取り込まれているからです。

さて本文。

 下写真は、マトリョーシカ誕生の地に作られたマトリョーシカ博物館の入り口です。

 住所=レオンチエフスキー ペレウーロク 7
 ( Леонтьевский переулок, 7 )

 最近、面白半分に上の住所表記、(  )内の、ロシア語部分をグーグルマップの検索窓にコピペしてみたら、そのままモスクワの現地地図が表示されました。
 そのまま地図を拡大すると、最大になった時点で、下の博物館の写真が表示されます。
 興味ある人は、そのまま地図を辿れば、タス通信の建物やニキーツキエバロータ等をバーチャルに散策することができます。

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 この写真は2008年8月9日(土)10時頃に撮りました。

 案内してくれたロシア人に言わせると、この建物の様式的な古さは相当なものだそうです。
 博物館のオフィシャルサイトでは、その数奇な歴史について詳しく紹介されています。

 でも、当たり前のことですが、オフィシャルサイトはロシア語ですので、記述内容を抜粋して少しずつ慨訳紹介しようと考えています。

 2013年9月、マトリョーシカを紹介する興味深い動画を見つけたので、ブログに貼り付けました。
 併せて御覧頂ければ幸いです。この文をクリックしていただけば番組紹介のページに飛べます。 

 さて

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博物館の看板です。
 「パーミャトニク アルヒテクトゥールィ(建築の 記念物)」
 「ムゼイ クスタリヌィフ イズデーリイィ(博物館 手仕事で 作られたものによる)」 等と読めます。
 建物そのものが記念物に指定されています。

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 レオンチエフスキー 5 の建物。
 これも相当古いものです。

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 8月13日(水)少し角度を変えて撮影しました。
 ここは、モスクワ中心部。オフィス街です。土日はすいていたのですが、平日は路上駐車がびっしり。数区画離れたところから歩いていきました。

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 ここは、建物そのものが記念建築に指定されており、総称は手工芸の博物館で、いくつかの展示スペースに分かれています。
 ここが、マトリョーシカ博物館。
 入り口に、サラヴョーヴァさんの「ルースキー・スヴェニール・マトリョーシカ」という書物の表紙をコピーしたものが展示されています。
 そして、写真撮影禁止の張り紙。

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 一つ目の展示室です。奥が2つめの展示室。
外の光が強すぎて、きれいに写りません。

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 これは、上の写真の後ろ側。
 窓から外の光が入らないと、今度はショーケース内の照明が強すぎてうまく写りません。

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 2つめの部屋に入ったところにデスクがあって、女性がいました。
 余談ですが、許可をとってから写真撮影しています。
 2つめの部屋に入ってすぐ右。

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 ありました、こけしの後ろにこの建物の昔の写真です。
 背景がすっきりしています。周辺が建て込む以前の写真です。
 この上に、最初のマトリョーシカを削ったズヴョーズドチキン(Василий Петрович Звездочкин)の写真があります。

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 この写真はロシアのインターネットのサイトから拾えます。
 でも、著作権の関係で、自分で画像を持っておきたい。

 片言のロシア語で挑戦。
 「これ、ズヴョーズドチキンでしょう。この写真が欲しかったんです」

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 「これは、最初のマトリョーシカに似せて作ったものでしょう。」
 オリジナルはセルギエフ・パサードのムゼイ・イグルーシキ(玩具博物館)にある」
 「この建物は、昔、ジェーツコエ・ヴォスピターニエだったんでしょう」
 女性が書物を取り出します。
 「それって、ルースキー・スーヴェニール・マトリョーシカでしょう。私は日本語に訳しました」
 「その作者が、ここの館長ではないですか」
 「この書物の作者に逢えますか?」
 「彼女は2年前に亡くなりました」
 「今の館長さんはだれですか?」
 「私です」
 館長さんは、チェルトヴッチ・イリーナ・ペトロヴナと、自分の名前を書いてくれました。

 「ヴィ ニ ハチーチェ スマトリーチ イポンスクユ フクルム?(日本のフクルマを見たくないですか)」
 「カニエシナ ヤー ハチュー (勿論見たいですよ)」

 そこで、日本から持ってきた田中さんの制作風景、藤森神社で撮影した七福神像、田中さんの作られた入れ子人形などを見せます。
 「7体の幸せの神がいて」
 「これが福禄寿で、これが恵比寿」
 などと、しばらく説明しました。

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 これは初期のセミョーノフのマトリョーシカです。

 マトリョーシカは、ここ、博物館のある建物で誕生し、その後セルギエフ・パサードで作られていたのですが、20世紀半ば、ニジニノブゴロドのセミョーノフという町の旋盤工がモデルを買い求めて、自ら削りだし、娘さんが絵をつけました。
 このとき、白木部分を多く残して、アニリン絵の具を使ったのが、セミョーノフ様式として残っています。

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 これはヴャツカ(今のキーロフ)という、ニジニノブゴロドの更に東にある地方のマトリョーシカです。
 ここも、始めはセミョーノフのような絵をつけていましたが、やがて藁で形をつくって象嵌のような仕事をするようになりました。
 花や葉の形に切り抜いた藁が貼り付けられています。

 (藁による装飾は、手間がかかるためか、2010年段階で、目につかなくなっていました。
 セミョーノフスカヤ・ロースピシという工場で頂いたカタログから、過去の商品を紹介していますので、興味ある方は、こちらを御覧ください)


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 イリーナさんが教えてくれました。ヴャツカは、まずこのような幾何学模様に藁を貼り付けました。後、花や葉の形に貼り付けるようになりました。
 左のマトリョーシカが、幾何学模様であることがわかりやすいでしょう。

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 これはニジニノブゴロドのポールホフスキー・マイダン(Полховский Майдан)という地方のマトリョーシカです。
 イズマイロヴァで知り合ったバーブシキナさんのところです。

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 新しい発見もありました。
 これはノヴォ・クズネッツォフという地方のマトリョーシカです。
 顔が歪んでいるのが特徴です。

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 イリーナさんは、次から次へとガラス扉の鍵を開けて、撮影に協力してくれました。
 背後に鏡があると筆者が無様に写ってしまいます。
 
 そんなこんなで、撮影に没頭していると、館長さんが言い出しました。
 「今日の七福神を買って送ってくれませんか」
 いいですよ、それを進呈します」
 もうひとつダルマの入れ子人形も持っていったのですが、これもついでに進呈しました。

 翌日もう一度訪問したら・・・・・

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 ズヴョーズドチキンの写真がひとつ左によって・・・
 ズヴョーズドチキンの写真のあったところに、田中さんの写真と、七福神の入れ子人形(箱根人形)が筆者と田中さんの説明付きで展示されていました。

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 蛍光灯の光が反射して見にくいですが、こんな感じです。
 左に赤と白のダルマも見えます。

 館長さんの話によると、調査団を日本に送ったのだそうです。
 でもわからなかった。

 「日本でこのようなことに詳しい人を知りませんか」
 とも尋ねられました。

 私はロシアのサイトも、日本のサイトも、そこそこ調べたのですが・・・・
 「今のところ私より詳しい人を知りません」

 2010年8月16日(月)
 ながらく気になっていた、七福神の台と名札を届けました。

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 2008年、単に話題として本体だけを持って行ってそのまま寄贈したから、自宅に残っていた台と名札を届けて、自分でセットさせていただきました。

 
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 展示場所は、少し移動していました。
 左から順に、制作する田中さんの写真、箱根七福神、最初のマトリョーシカのイメージコピー、最初にズヴョーズドチキンがマトリョーシカを削った建物の当時の写真、という順に並んで展示されています。


 ついでに、日本のろくろの歴史について、日本語とロシア語で書いたメモと、筆者が訳した「ルースキー・スヴェニール・マトリョーシカ」を進呈しました。

 この「ルースキー・スヴェニール・マトリョーシカ」の原著者がこの博物館の初代館長ラリサ・ニコラエヴナ・サラヴョーヴァ。

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 この書物です。

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 職員さんたちと記念撮影してきました。
 プライバシー保護のため、画像はぼかしが入っています。
 This picture is blurred for privacy.


 筆者と一緒に大きなマトリョーシカを支えているのが、イリーナ・フリドリヴナ・サラヴョーヴァ。

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 ニキーツキエ・パロータ(ニキーツキー門)からセンター方面へ、最初の路地がレオンチエフスキー・ペレウーロク。
 博物館はこの路地を進んだ左側にあります。

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 そして、レオンチエフスキーペレウーロクの入り口にあるタス通信です。
 馬鹿ですね。こんな話題ある建物をきっちり写してこなかったので、ウィキペディアにあるクツリエイティブコモン状態の画像をお借りしました。
 グーグルマップで模擬旅行できる人は、ニキーツキエバロータからイタル・タス通信の建物を経て、マトリョーシカ博物館まで疑似旅行してみてください。

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このサイトは、マトリョーシカをはじめとするロシアネタに絞り込んでいます。
その他の、思いつくまま書きなぐっているブログにもお立ち寄りいただければ幸いです。
上の文字にリンクを貼っておきます。

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