モスクワからニジニ・ノヴゴロドへ

 2010年8月8日(日)17時15分の着予定が、アエロフロートが遅れて、19時頃にモスクワ、シェレメチボ空港に着きました。

 飛行機を降りて、入国審査にバスで移動しました。
 シェレメチボ空港でバス移動は、初めての経験です。
 パスポートコントロールは、数名の列に並んだだけで、簡単に通過できたのですが、預けた荷物がなかなか流れてこないので、結局2時間近く遅れたことになりました。
 メールでやりとりしていたモスクヴィッチのアレクセイが待っていてくれるかどうか心配になりました。

 シェレメチボ空港は、以前と随分変わっていました。

 シェレメチボ空港は、滑走路を挟んで、両側にシェレメチボ1とシェレメチボ2の建物が向かい合うように建っています。
 シェレメチボ2が国際空港。シェレメチボ1は、国内や旧ソ連圏の国向けの空港だと聞きました。
 だから、今まで、ウズベキスタンへ行った時以外は、全てシェレメチボ2を利用していました。
 なれ親しんだ空港なのですが、今回、シェレメチボ2が大幅に拡張されて、名前もターミナルD、ターミナルF等と変わりました。
 ターミナルAとBは旧シェレメチボ1、その他が旧シェレメチボ2とその拡張部分。
 なれ親しんだ旧シェレメチボ2部分はターミナルFです。

 出発前に、到着がDとかFとか、情報の混乱がありました。
 バスで運ばれたのは、名前は変わっていても、施設としてはなれ親しんだターミナルFでした。

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シェレメチボ2です。景色はほとんど変わっていませんが、看板がターミナルFに変わっているのが見えるでしょうか。そして、このカメラポジョションが、ターミナルDへの途中にあるアエロ・エクスプレス駅への通路です。


 アレクセイは待っていてくれました。
 そこで、これ又見慣れたインツーリスト・オフィス(カッサ)へ予約済みの列車の切符を受け取りに行ったのですが、同じく見覚えのある女性職員が驚いています。
 なんと、インツーリストオフィスへは、私がターミナルDに着くと連絡されていたのです。
 彼女は、カッサをクローズして、私たちをターミナルDへ案内してくれました。
 他に職員は見当たらないし、クローズの看板を置いて移動しますから、
 「他の客はどうするのだろう」
 と思いながらターミナルDへ向かいます。

 ムービング・ウォークがあるのですがまだ動いていません。
 約700メートルと言いますが、実感は1キロメートル程往復する感じです。

 ターミナルDでは、若い女性がA4の紙に筆写の名前を書いた紙をかざして立っていました。
 インツーリストのオフィスを探すことはそんなに困難なことではないから、これは、すごいサービスです。
 それよりも、私がターミナルFのオフィスへ行ったとき、電話でこの女性をターミナルFへ呼ばなかった方が不思議です。
 私が重い荷物を引きずって往復約2キロ移動することを考えれば、彼女を呼ぶ方が遥かに簡単だと思うのですが、ロシアのサービスはこんな風に、すごく手厚い部分と、間の抜けたような部分が混在しています。

 ターミナルFのカッサを空にしてターミナルDに案内してくれた女性職員は、モスクワ市内へ向かうアエロ・エクスプレスの駅へ向かう近道まで案内してくれました。

 2008年に開通して、私が利用したアエロ・エクスプレスは、モスクワ市北部のサヴョロフスカヤ駅に通じていたのですが、今年(2010年)はベラルーシ駅まで伸びていました。
 ベラルーシ駅は、ほぼセンターと言っても良い場所にありますから、随分便利になりました。

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ベラルーシ駅に到着したアエロ・エクスプレスです。列車とホームの間が広いので重い荷物を引きずって降りるのは刺激的です。

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ベラルーシ駅の外観です。


 私は、訳して出版したルースキー・スヴェニール・マトリョーシカという本を10冊持ってきましたから、見かけの割に荷物は重いのです。
 この荷物を引きずって地下鉄に乗るのは嫌だから、夜行列車の出るカザン駅までは、タクシーを使うことにしました。
 地下鉄駅から別の地下鉄駅までタクシーで移動するのは馬鹿げたことですが、駅内外の移動も結構大変なのです。

 ここで、モスクワらしい話です。

 最初にベラルーシ駅で声を掛けたタクシーの運転手は、ベラルーシ駅からカザン駅まで、
 「1300ルーブル」と言いました。
 今1ルーブルはほぼ3円ですから、3900円になります。

 これは高すぎるから、断って、少し道を歩いて、次に声を掛けたタクシーは200ルーブル。
 勿論、この人にお願いしました。
 因みに、カザン駅で
 「ベラルーシ駅までいくら?」
 と、声をかけたタクシードライバーの返事は、
 「600ルーブル」
 でした。
 多分、これがやや高め、まず辛抱できる運賃だと思います。
 タクシー料金の話は、後でも、また出てきます。

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ベラルーシ駅からカザン駅へ向かうところです。モスクワの21時は、日本の18時程度の明るさですから、随分煙っていることがわかるでしょう。


 カザン駅に着いて、一寸後悔。
 私は、まだ換金していないからルーブルを全く持っていないのです。
 アエロ・エクスプレスもタクシー料金もアレクセイが立て替えてくれています。

 カザン駅へ向かう途中でアレクセイが囁きます。
 「あの辺りはモスクワでも治安が悪い所だから注意してください」

 そんなら、途中で銀行に立ち寄って換金すれば良かったのですが、後の祭りです。

 でも、カザン駅には、バンコマットがありました。
 バンコマットというのは、カードローンの形でルーブルを引き出す機械です。
 先に結論を書きますと、ニジニ・ノブゴロドもキーロフもバンコマットでルーブルを引き出せました。
 もう、多量のドルを持っていく必要はなさそうです。

 カザン駅は、泥炭火災による街ぐるみ煙に包まれたモスクワから非難する集団で混雑していました。
 呼吸するのにハンカチを鼻に当てました。
 目がしょぼしょぼします。

 そんな中、治安が悪いはずのカザン駅を徘徊して23時35分の列車を待ちました。

 アレクセイはかなりナーバスです。

 でも、
 私は、首に安物のスカーフを巻いていますが、後はTシャツ1枚。
 貴金属や宝石類は持っていない。
 もう、年だから内蔵を獲っても売れない。
 それに痩せていておいしそうじゃないから
 「まず襲われないでしょう」

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カザン駅内部です。立派な石造建築です。


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深夜のカザン駅プラットホーム前です。一寸手振れしていますが、煙っている雰囲気、暑さのせいですごい露出のロシア人が見えるでしょう。


 夜行、寝台列車は、車両ごとに女性車掌がいます。
 彼女に切符を見せて乗り込みます。

 席は、座席が向かい合っていて、ベッドになります。
 頭上にもベッドがあって、早い話4人部屋です。
 若いロシア人が2名同室になりました。
 ひとつ空いている。

 500ルーブル追加で、別の車両しか予約できなかったアレクセイが、ここに移動できました。

 夜行列車は、1食付き、空調も利いていて、喫煙空間も確保されていて、快適でした。

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 これは、一寸説明が必要です。通路と部屋を遮断する扉が鏡になっているのです。これは、扉の鏡に映った室内です。だから左手前に見えるのが、実像としての、上のベッドに上がる梯子です。
 奥に映っているのが、背もたれを倒すとベッドになる室内のシートです。


 日本との時差は、夏時間なので5時間。
 23時は、日本時間にすると4時ですから、悩むことなく熟睡できました。
 ついでに時差ぼけで早く目が覚めましたから、車掌さんに起こされることもなく、下車準備ができました。

 というわけで、ニジニ・ノヴゴロド到着です。
 ニジニ・ヴブゴロドの駅名はわかりますか?。

 ロシアの大きな駅は、行き先の都市名を駅名にしますから、ニジニ・ノヴゴロド市の駅名は、モスクワ駅です。


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 ニジニ・ヴブゴロド市のモスクワ駅に到着した寝台列車です。モスクワのカザン駅と違って、ここはプラット・ホームが低い。車両から急な階段を降りなければなりません。







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  • ロシアは燃えていた

    Excerpt:  これは、ささやかな記念のページになるでしょう。  本文は、ニジニ。ノブゴロドのアクチャブリスカヤ・ホテルから、ホテルの無料接続サービスを使って書き込んでいます。  写真は、ホテルの窓から見えるボ.. Weblog: ROKO racked: 2010-09-15 17:11