2010年8月16日(月)・17日(火)

 モスクワ最後の2日間です。
 今回の旅行は、ニジニ・ノヴゴロドとキーロフでおなか一杯。
 最後の時間をむさぼらずゆっくりすごします。

 でも、「絶対」の課題が2つあります。

 ひとつは、「ルースキー・スヴェニール・マトリョーシカ」原著出版社のインテルブック・ビジネスを訪問すること。
 もうひとつは、マトリョーシカ博物館を訪問して、2年前に本体だけ寄贈した箱根七福神の台板と名札を加えることです。

 インテルブックとマトリョーシカ博物館は16日(月)に訪問しました。
 どちらにも、筆者が訳した書物を差し上げました。

 インテルブックは、2冊受け取った後、
 「イグルーシカ(玩具)もヤイツァ(イースター・エッグ)も訳してください」
 「マトリョーシカについては、ムゼイ・イグルーシキと合同で新しい企画を進めています」
 という話でした。

 記念に、再び3つのシリーズの書物を買い求めたのですが、
 イースターエッグは在庫無し。
 ほかの書物も残り少ない様子でした。

 いずれにせよ、原著著作権者に訳本を差し上げることで、素人が訳本出版契約をとって出版するという企みは、一段落ということになりました。

 17日は(火)は、19時35分フライトの予定。
 余った日中に、プーシキン(名称)美術館と、戦勝公園の青空軍事博物館を見学しました。

 マトリョーシカ博物館とプーシキン(名称)美術館については、2008年作成のページに追加情報として書き加えましたのでそちらを御覧ください。

 というわけで、ここは、戦勝公園と帰国フライトまでの話を披露します。

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 モスクワ中心から、有名なアルバート通りの延長上、西南西に伸びる大きな道がクツーゾフスキー・プロスペクト。
 この道沿いにパルク・パベードィ(戦勝公園)があります。
 戦勝公園のあたりは、少し高くなっていて、昔ここに来た人が礼をしたという話から、ポクランナヤ・ガラー(礼をする山)とも呼ばれます。

 写真、前車の彼方に見えているのが凱旋門。
 このあたりから戦勝公園が始まります。
 ロシアは、右側通行ですが、こんな所を横断するのは命懸けだから、どこかで車を反対側車線に回さなければなりません。
 そして、凱旋門の近くに地下道があり、逆方向路線に入ると公園の駐車場があります。

 お断りしておきますが、ここから少々筆者は、遊びます。
 知っている人は笑えるけれど、知らない人には煩雑なだけです。
 約30行読みとばしてください。
 そんな意味で文字色を緑にしておきます。

 「駐車場からかなり歩かなければならない」
 と、いいながらAが車を側道へ向けます。

 『そんな駐車場に駐車したら、公園を端から端まで2キロメートル近く歩かなければならない』

 「パヤスニッツァ ニ ホーチェット ハジーチ(腰が歩きたがっていない)」

 地図は頭に浮かぶのですが、名前が出てきません。
 ハンドルを握っているAに伝えるには・・・・
 間違っているけど、仕方がない

 「ダヴァイチェ ロバチェフスカヴァ(ロバチェフスキー通りまで行ってください)」
 「ロバチェフスキーでなくて、ミンスカヤ」

 通じました。

 後で調べたから、きっちり、説明します。

 地下道でUターンして車を逆向きにすると、凱旋門付近の駐車場に入れます。
 これは、戦勝公園の、最もセンター寄りの地点。

 もう少しセンターから離れた、約2キロメートル先で、クツーゾフスキー・プロスペクトはミンスカヤという通りと立体交差しています。
 そして、さらに3キロメートル進むと、ロバチェフスキー通りの延長に当たるアミニエフスキー通りと立体交差するのです。
 どちらでもUターンはできます。
 そして戦勝公園の軍事展示物の近くに駐車できます。

 地図は頭に浮かんだのですが、道路名が出てきません。
 唯一ロバチェフスキーだけが、非ユークリッド幾何学の有名な数学者の名前をとった道路ですから、頭に残っていたのです。

 期待通りミンスカヤ通りに出たのですが・・・・
 そのままクツーゾフに戻ってセンターの方に向かえば、展示場のすぐ近くに駐車できるのですが、・・・・
 Aは、クツーゾフに戻らず、どんどんモスクワ大学の方へ進みます。

 ???

 もしや・・・・

 そう、予想通りAは、モスフィルモフスカヤでUターンしました。
 どうも、ミンスカヤ通りに駐車して展示場へ入ろうとしたようです。

 有料展示場に裏口入場できるはずがありませんから、結局クツーゾフに戻って、私の希望通り、銃剣モニュメントの横に駐車しました。
 

 
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 入ろうとして入れなかったミンスカヤ側にある列車砲です。

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 降りてくる天使のついた銃剣モニュメントです。
 この角度は珍しいでしょう。

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 銃剣モニュメントの裏側です。
 表側は、ハーケンクロイツのついた、首を切られた怪獣がいます。

 さあ、入場です。

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 「ナギー ニ ハチャット ボリシェ ハジーチ(足がこれ以上歩きたがっていない)」状態ですから、横着して写しました。
 日本軍の戦車です。
 おもちゃみたい。

 知っていますか。
 ジューコフ元帥が大量の兵器を運び込んだソ連軍に対して、戦ったら負ける戦車隊を守るために後方に下げて、歩兵に火炎瓶で肉弾攻撃させたというノモンハン事件。

 その割にソ連軍の損害は大きかったそうです。
 指導者は馬鹿だけど・・・・
 その指導者の命ずるままに火炎瓶で戦った兵卒が賢いとも言えないでしょうけれど・・・・
 命を捨てて頑張ったのですね。

 こんな馬鹿な指示を許さないためにも、歴史はしっかり勉強しましょう。

 
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 ドイツ軍の自走砲です。
 これもおもちゃみたい。
 でも、随分人を殺したのでしょうね。

 
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 これは、多分、米軍の戦車?

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 ソ連軍塹壕再現模型です。中を歩けます。
 「ボリシェ ニ ナーダ(もう要らない)」
 Aも、スキップして、近道を通ります。

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 また、列車砲です。

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 ソ連の戦車にはさまれたカチューシャです。
 カチューシャは、トラックにロケット弾を積み込んだようなものです。
 ロケットは自力で飛んで行きますから、その分破壊エネルギーは小さい。
 でも、手軽に大量に攻撃できますから、「スターリンのオルガン」などと言われ、破壊力より、その物量と音量でドイツ軍を悩ませたとか。

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 メッサーシュミットです。

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 これは、隼だそうです。

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 出口です。
 いえ、違います。
 誰かが作った不法出口です。
 でも、この方が車に近いのです。

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 銃剣モニュメント(左端)からセンターを写しました。
 ほんの数キロメートル先の建物が靄に霞んでいます。

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 時間にゆとりがありすぎるから
 車で空港に向かいました。
 空港周辺も霞んでいます。
 泥炭火災。
 なかなかのものです。

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 イズマイロヴォでは、青空も出ていたのですが・・・・
 同じ市内なのに、モスクワは広い都市なのですね。



 
 


 
 

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  • ロシアは燃えていた

    Excerpt:  これは、ささやかな記念のページになるでしょう。  本文は、ニジニ。ノブゴロドのアクチャブリスカヤ・ホテルから、ホテルの無料接続サービスを使って書き込んでいます。  写真は、ホテルの窓から見えるボ.. Weblog: ROKO racked: 2010-09-15 18:44