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<<   作成日時 : 2009/08/22 01:14   >>

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 2009年8月13日(木)〜16日(日)駆け足で、東北を徘徊しました。
 特に、13日は、早朝京都発、その日の内に、松田工房さんでろくろ体験、岩下こけし資料館さん、日本こけし資料館さんで貴重な画像を得ることができました。

 早朝京都発、昼過ぎ、チェックインタイム以前に大正館さんに着きました。荷物を預かっていただこうとすると、 「部屋の準備ができました〜」というタイミングです。東北が近くなったことを痛感させられた次第です。

 なお、14日は仙台のスーパーホテル、15日は同じく仙台のホリディ・イン、すべて、十分に満足できるサービスを受けました。
 フロントやレストランの対応で不満を感じることが多く、実名をあげた苦情ブログを作ろうと考えたことのある筆者ですが、今回の旅館やホテルは、感謝の気持ちの生じる、親切な接待を受けました。

 感謝の気持ちがこもって「さん」と、敬称をつけて書きましたが、以下敬称を略します。

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 鳴子駅から徒歩数分、温泉町の風情豊かな宿、大正館です。
 安価な部屋をお願いしたのですが、心温まるおもてなしと、素晴らしい料理で、ゆったり、こけしの里滞在を楽しむことができました。

 同じく徒歩数分。
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 岩下こけし資料館です。

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 資料館兼売店と書きましょうか。店内の様子です。

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 奥に惟喬親王像が展示されています。

 古文書も展示されています。
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 「写真撮影可」が嬉しい。
画像中、奥が正親町天皇、手前が信長の文書です。
 ガラスの継ぎ目が残念なのですが、素人が撮影すればこんなものです。

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  「豊臣秀吉の免許状」という説明は、画像から読めるでしょうか。

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 惟喬親王や、以下に紹介する様々な画像を説明する文書です。
 表装され、署名や落款もありますが、楷書で読みやすく書かれています。
 その横に以下のような絵が並んでいます。但し掲載順序は入れ換えました。
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 左の人は楔を打ち込んで材木を割っています。
 右の人は、この図では見にくくなりましたが、大きな鋸で材木を切っています。
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 二人引きのろくろです。ろくろ技術発生以来ながらくこのような形だったのでしょう。
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 足踏み式のろくろです。
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 こんな動力の得方もあったのかと、興味深いものです。
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 これは水車の動力を取り入れた形なのでしょう。
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 ベルトで発動機の動力を取り入れたろくろです。
 岩下こけし資料館では、一寸興味を惹くコケシや木製人形を撮影したのですが、稿を改めて紹介します。

 次は日本コケシ館です。
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 こちらは町営地に建てられた公立の資料館で、駅から2キロメートル程度、歩いて行くのは、老体には少々きつい距離です。
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 こちらにも惟喬親王像がありました。
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 手で引く、二人で作業するろくろです。
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 足踏み式のろくろです。
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 照明が反射して見にくくなりましたが、滋賀県の蛭谷の筒井神社との関係を示す文です。
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 マトリョーシカ、入れ子人形、ろくろ、そしてこけし、という流れで調べてきた文脈から少し外れますが、面白い写真を見かけたので、ここで寄り道して紹介しておきます。
 鳴子中学校の総合的な学習による、ろくろや絵付け体験学習の様子です。
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 下に紹介するのは、モスクワ郊外にあるグジェリという磁器の工場です。
 こんなふうに大きな部屋に絵付け職人の机が並んでいます。
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 少女たちは「夏休みだから毎日来る」と言いました。
 グジェリでは、このような子どもたちの作品も格安の価格で販売しています。
 頭も体も柔らかいこの時期に体験を重ねることは、大切なことだと思います。
 もう数十年前の話になりますが、筆者が小遣い稼ぎにお手伝いした友禅の職人さんは、「高校に行かずに弟子入りしてほしい」とおっしゃいました。
 これも随分前の話ですが、テレビ放送で、曲芸師さんが、「物心がついて、『どうしてこんなことをしなければならないのだろう』と考えるようになると、もう(鍛えるには)遅い」というような発言をされました。
 高校や大学で余計なことを考えるようになると高度な技術習得の邪魔になるという意見です。
 一理ありそうな気がします。
 日本の「全国同一水準の」義務教育は、このような才能の芽を摘んでいるのではないかと考える次第です。

 横道に逸れついでに、マトリョーシカ成長の地(誕生はモスクワですが、大量生産に応じ、これを発展させたという意味で成長の地と呼ぶことにします。)セルギエフ・パサードでは、トーカリ(ろくろ師)が2人しかいません。
 モスクワ東方数百キロにあるニジニノブゴロドや更に東方のキーロフなどマトリョーシカ以前から木工旋盤細工が盛んだった地方は(多分)健在です。
 だから、筆者はいずれニジニノブゴロドを訪問したいと考えているのですが・・・・。
 このような職人の再生産(教育)はどうなっているのでしょうか?
 新たな疑問がわいてきました。

 と言うところでろくろとこけしの話に戻ります。

 中1日をろくろとは無関係な観光で過ごした後、8月15日(土)、遠刈田(浅学非才の筆者は読めなかったのですが、一太郎は「とおがった」でしっかり変換します。)を訪問しました。
 昔は湯刈田と書いたのが遠刈田に変わったという話を聞きましたが・・・・。
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 遠刈田のこけし館です。
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 遠刈田系、鳴子系統〜、と各地のこけしが紹介されています。
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 二人組で作業する手引のろくろです。
 紐の先に電車の吊り革のような輪がついているのですが、うまく画像に入れることができませんでした。
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 引くための輪にこだわると、全体のイメージがつかみにくくなります。
 上の画像とセットで作業の様子が想像できるかと思います。
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 こちらでは、道具と、その使い方を示す展示に興味を引かれました。
 木材の皮をむく道具です。
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 「チョウナ」と説明されています。
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 遠刈田こけしの由来が紹介されています。
 「天正18年に蒲生氏郷が近江の君ケ畑から工人を連れてきた」とあります。
 天正18年(1590年)は、小田原北条氏が滅び、徳川家康が江戸に入った年です。
 こけしは、その後江戸時代に入って、世の中が平和になってから土産物として広まった、というような説明です。
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 こけし作家の写真が展示されていました。
 遠刈田でも興味ある商品を撮影したのですが、これも稿を改めて紹介します。
 取り急ぎ、日本のろくろの歴史はこの程度にしておこうかと考えます。

 とまれかくまれ、日本のろくろの歴史は、平安時代から、文献として記録があるということです。
 木地師資料館の稿で、惟喬親王が教典の巻物を開く時、巻物の軸が回転することからろくろを発想したという説を紹介しました。
 でも、そんなに新しいものだろうか?
 というのが筆者の感想です。

 因みに、世界のろくろを調べると、紀元前3000年頃メソポタミアで土器製作にろくろ使用、紀元前6世紀にケルト人が木製碗を旋削、紀元前3世紀古代エジプト壁画に紐を引いて回転させる鍵盤の壁画、などが検索できます。
 また、13世紀フランス、シャルトルのステンドグラスや、1395年ドイツの刊行物に、つるべ式旋盤が見られるそうです。

 素人(多分)の体験活動としては、海外のサイトの方が面白く、バネを利用した足踏みろくろ体験の様子が見られます。
 竹のような、しなる植物の先端から紐を降ろして素材に巻き付けて、さらに足元に降ろしてペダルに固定するタイプです。ペダルを踏むと紐を巻き付けられた素材が回転します。足を放すと紐はバネの力で上に引き戻されるというものです。
 限られた、わずかな取材ですが、筆者は、まだ日本でこのパターンを見たことがありません。
 と、また話が広がり始めたところで、今回の旅行の稿を終わります。

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轆轤師(ろくろし)、旋盤工
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