ルースキー スヴェニール マトリョーシカ -3

 以下、セルギエフ・パサートからニジニノブゴロド、ヴャツカ(Вятска)=キーロフ等に産地が広がる過程が紹介されます。

 セルギーエフ・パサートのマトリョーシカは大変な人気でしたが、その人気のせいでしょうか、ロシア各地にマトリョーシカ制作と絵付けの新しいセンターができました。
 普通これらは古い家内工業の発祥地、とりわけ旋盤工の職場でした。
 ある職人はニジニ・ノブゴロドの中心のヤールマルカ(定期市)でマトリョーシカを見かけました。
 セルギーエフ・パサートのマトリョーシカはニジニ・ノブゴロドの玩具職人を惹きつけました。
 ニジニ・ノブゴロドの中心から約80キロ北東の町セミョーノフ(Семенов)が、マトリョーシカの製造と絵付けの中心になりました。(町の名前からセミョーノフ様式と呼ばれます。)

 訳者は2010年8月にニジニ・ノブゴロド、セミョーノフ、メリノボ等を訪問しました。
 興味ある方は下のリンクをクリックしてください。


  ニジニ・ノブゴロド(概要)

 ニジニ・ノブゴロド(博物館)

 セミョーノフ(博物館)

 ホホロムスカヤ・ロースピシ(ホホロマやマトリョーシカの工場)

 セミョーノフスカ・ヤロースピシ(木彫品、マトリョーシカの工場)

 メリノボ(マイヨーロフの家のある村)



 セミョーノフのマトリョーシカの絵の伝統は、セミョーノフの近くにあるメリノボ村(Мериново)の代々の玩具職人のマイヨーロフ一家から始まりました。
 昔からメリノボ村の工房の旋盤工はよく知られていました。
 彼らは、塩入れ、ガラガラ、ボール、リンゴの形をした容器等を作っていました。
 1922年、アルセンティ・フョードルビッチ・マイヨーロフはニジニ・ノブゴロドのヤールマルカから未着色のセルギーエフ・パサートのマトリョーシカを持って帰りました。
 彼の長女のリューバが、まず鵞鳥ペンでマトリョーシカに絵を描いて、そして筆とアニリン絵の具で中央にロマーシカ(「かみつれ」という小さな菊のような花)のような鮮やかな花を描きました。
 マトリョーシカの頭に、彼女はロシアの古い被り物であるココシニクを描きました。
 約20年間メリノボ村のマトリョーシカ作家はニジニ・ノブゴロド州の工房をリードしました。.
 1931年、セミョーノフにマトリョーシカを含む土産製造所が作られました。
44
-------------------------------------------
46
画像

-------------------------------------------
[44ページ終り、47ページ]
 徐々にセルギーエフ・パサートに比べて、より装飾的で形式的なセミョーノフスタイルのマトリョーシカが育ちました。
 セミョーノフのマトリョーシカは古来ロシア伝統の蔓草模様に基づくものでした。
 セミョーノフ町の職人はマトリョーシカの木の塗り残し部分を多くして、アニリン絵の具で着色してニスをかけます。
 まず細い筆で顔の輪郭、目、口許の線等を描き、頬に紅をさします。
------------------------------------------------
47
画像

------------------------------------------------
48
画像

Е. Pодионова   E.ロジオノワ
10ヒースのマトリョーシカ
ドィムカ玩具
ハチコーヴァ 1995年
------------------------------------------------
[48ページ─2行]
 それからスカート、エプロン、頭のショールを描き、手を描き込みます。
 セミョーノフのマトリョーシカの絵の構成の基本は豪華な花柄のエプロンです。
 花束の処理に古来ロシア職人の癖が感じられます。
 早期のセミョーノフのマトリョーシカは古代ロシア絵画の精神により強く合致していて、絵の線は軽く図案的でした。
 時の流れとともに花束の絵は草汁でみずみずしくなり、隙間なく、色鮮やかな絵になりました。
48ページ
------------------------------------------------
49
画像

(25)Н. Антонова   N.アントノワ
砂糖入れ「主人」
セルギエフ・パサード 1996年
個人蔵
------------------------------------------------
画像

Н. Антонова  N.アントノワ
5ピースのマトリョーシカ 「家族」
5ピースのマトリョーシカ 「主人」
5ピースのマトリョーシカ 「主人」
セルギエフ・パサード 1993~4年
個人蔵
------------------------------------------------
[49ページ2行]
 現在、職人は絵を描くために、赤、青、黄色の3色を使って、色の組み合わせを変えて、ショールやサラファンやエプロンを描きます。
 セミョーノフのマトリョーシカは全体の色調を決めるために、花束の色が基調になっています。
 伝統的に花束はエプロンの前で非対称的に右に傾けて配置されます。
 セミョーノフのマトリョーシカは、繰り返されることなく、その都度独自に絵付けされます。
 マトリョーシカの女性作家は順に何か新しいものを描きました。
 同時に、ボルガ川対岸(セミョーノフ町を含む)の職人の作ったマトリョーシカは、長年磨き上げられた民衆文化と現代職人の発達した独自の概念を合わせ持っています。
 セミョーノフの旋盤工は、セルギーエフ・パサートと違って、よりスタイルリッシュで、細い上部と、下部に行くに連れて急に太くなる自分たちのマトリョーシカの形を作りだしました。
 よく知られているセミョーノフのマトリョーシカは体内にたくさん、つまり15~18体の異なる人形が入っていることで他のセンターのマトリョーシカと区別されます。
 セミョーノフで、最も多い72ピースの、直径50センチ、高さ1メートルのマトリョーシカが作られました。
 セミョーノフの対になった、独特のマトリョーシカに「ロシアの大丈夫」と「ロシアの手弱女」があります。
 これらのマトリョーシカは普通のセミョーノフのマトリョーシカより調和が取れており、ショールの代わりにココシニカ、そして男はカルトゥースというロシアの伝統的な帽子を被っています。
 他の有名なセミョーノフのマトリョーシカに「ロシアの少女」「ロシアのすばらしい家族持ち」「ロシアの若者」等があります。
 1929年まで職人は家でマトリョーシカを削って着色しました。
 その後、セミョーノフと最寄りの村の職人を結集して玩具製造協同組合ができました。
49ページ
------------------------------------------------
49
画像

М. Якимова  M.ヤキモワ 砂糖入れ、「狩猟」
プーシキノ 1996年
------------------------------------------------
50
画像

------------------------------------------------
51
画像

画像

------------------------------------------------
52
画像

А. Бекетов  A.ベケトフ
10ピースのマトリョーシカ
聖書(部分)
ソチ 1995年
個人蔵
画像

------------------------------------------------
[52ページ-3行]
 最初そこへは20人も集まりませんでした。
 現在セミョーノフ町の土産生産協同組合はロシアのマトリョーシカ製造の最も大きなセンターになっています。

52ページ
=============================================================
52ページ
p53
画像

 ポールホフスキー・マイダン(Полховский Майдан)はニジニ・ノブゴロド州の西南部にある、更にもうひとつのマトリョーシカを作って絵を付けるセンターです。
 長い間、ここでは、旋盤細工のサモワール(湯沸かし器)、鳥の玩具、貯金箱、塩入れ、木彫りのリンゴ等を作る、木材工芸が営まれてきました。
 ここの住民は最初のマトリョーシカをセルギエフ・パサードと同じように木の人形に図案を焼き付けていましたが、やがて植物模様を描くようになりました。
 ポールホフスキー・マイダンの職人はセミョーノフのように絵付けにアニリン系の絵の具を使いました。
 マトリョーシカに澱粉糊で下塗りして鮮やかな絵を付けてそれからラッカーをかけます。
 ポールホフスキー・マイダンのマトリョーシカの色調はセミョーノフよりも鮮やかで、賑やかで、大柄の絵をつけます。
 緑、青、黄色、バイオレット、苺色が、生き生きと、力強く、対照的に使われます。

53ページ
---------------------------------------
画像

Н. Антонова N.アントノワ
4ピースのマトリョーシカ「すぐり」
セルギエフ・パサード 1993年
---------------------------------------
М. Надеждина M.ナジェージディナ
起き上がり小法師 「カヌー」
ハチコーヴァ 1993年
---------------------------------------
画像

М.Якимова M.ヤキモワ
6ピースのマトリョーシカ 「お婆さん」
プーシキノ 1992年
---------------------------------------
54
 色を塗り重ねて鮮やかにします。
 ポールホフスキー・マイダンのマトリョーシカは農民の原始的な、子供の絵を感じさせる雰囲気があります。
 この村の美女はつり上がった眉と目、黒い縁取りの巻き毛をしています。
 巻き毛の飾りは、は昔の地方の女性の頭に本当にあったものです。
 婦人は頭髪をココシニクというかぶり物の中にまとめ、乙女はリボンの下、または顔の周囲の被り物の中で黒いおさげ髪を垂らし、巻き毛のようにカールさせて雄鴨の羽根飾りを差しました。
 セミョーノフの職人のように、ポールホフスキー・マイダンの作家は、全ての衣類の細部を省いて、エプロンに注意を集中して花の絵を付けました。
 基本的な絵付けの要素は、八重の野バラです。
 この花は常に女性の本質の母性愛のシンボルだと考えられました。
 花の描写は、必ずポールホフスキー・マイダンの職人の図柄に登場します。
54
---------------------------------------
55
画像

V.ブルィジナ
12ピースのマトリョーシカ
「ハチコーヴァ」(部分図)
画像

---------------------------------------
56
画像

---------------------------------------
57
画像

画像

Н.Суслова  N.スースロワ
10ピースのマトリョーシカ
「私の結婚式」(部分図)
ハチコーヴァ 1990年
---------------------------------------
 それ以上に彼らはしばしばこの素材を、ふっくらとした花と一緒に、半開きの蕾を、小枝の上に描きます。
 近くのクルテツ村(Крутец)は隣のマイダンのように木の製品に絵を付けるようになりましたがが、その中にもマトリョーシカがありました。
 マトリョーシカの絵について、クルテツの職人は、大いに自由に描写テーマを選び、自らの経験に基づく、装飾的、芸術的解釈を重視しました。
 これは描写ばかりでなく製品の形態にも感じることができます。

 ヴャツカ(Вятска)のマトリョーシカは、ロシアの全てのマトリョーシカの中で最も北方で作られるマトリョーシカです。
 このマトリョーシカは薄青い目の女性で北方の柔和で内気な微笑をたたえています。
 彼女の表情は我々を魅惑し引きつけます。
 60年代になると一種独特なヴャトカの絵付き木製人形マトリョーシカは、単にアニリン絵の具で絵を描くだけでなく、ワラを填め込むようになりました。
 象嵌のために特別な畑で栽培し鎌で几帳面に刈り取ったライ麦のワラを使います。

 訳注=「象嵌」は土台に彫り込んで別の素材を埋め込むものですから、表面は平になります。ヴャツカのマトリョーシカは藁を貼り付けるだけですから、厳密には「象嵌」ではなく、「コラージュ」とでも言うようなものですが、ここは辞書通りに訳しました。
57
-------------------------------------
58
画像

--------------------------------------
59
画像

В. Ветлин, О.Ветлина V.ヴェツリン O.ヴェツリナ
12ピースのマトリョーシカ
マースリニッツァ(部分図)
セルギエフ・パサード 1994年
個人蔵
-------------------------------------
 ライ麦の一部はソーダ液で十分に煮て金色にし、他は白いまま残します。
 それからライ麦を切り開いて、なめらかになめして、絵に必要な形に金属型で打ち抜きます。
 ライ麦をニトロセルロースのラッカーで湿らせて貼り付けます。
 アニリン色素で着色して、ライ麦の象嵌を施したマトリョーシカに油性のラッカーを塗ります。
 ヴャトカ生産組合のキーロフ土産工場と、キーロフの南約100キロの町ノーリンスク(Нолинск)工場がマトリョーシカを生産します。
 ノーリンスク工場のマトリョーシカの中で「娘さん」というマトリョーシカは大変人気がありました。
 絵付きマトリョーシカは多分80年代末から90年代初頭のロシアの目覚ましい記念すべき事柄のひとつとして残るでしょう。
 すなわちこの時点で、作家のマトリョーシカと呼ばれる、マトリョーシカの第3段階が始まるのです。
 それは深刻な出来事を含んだ革命的な時期でした。
59
-----------------------------
60
画像

-----------------------------
61
画像

画像

-----------------------------
62
画像

-----------------------------
63
画像

-----------------------------
--------------------------------------------
62、63ページ
М. Петрева  M.ペトリョワ
10ピースのマトリョーシカ
「冬」(部分図)
セルギエフ・パサード 1994年
個人蔵
---------------------------------------------

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

なるほど(納得、参考になった、ヘー)

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック