セルギエフ・パサード、ラダネジュ、ハチコーヴォ、アブラムツェヴォ

 2008年8月12日(火)、ラダネジュ、ハチコーヴォ、アブランツェヴォ、セルギエフ・パサードを見ました。

 セルギエフ・パサードはモスクワからヤロスラブリへ行く途中にあります。

 モスクワのコスモスホテルの前を走る道をプロスペクト・ミーラと言います。
 この道を北東に走ると、道の名前がヤロスラフスコエ・シャッセ(ヤロスラブリ街道)という名前に変わります。ヤロスラブリという街に通じる道です。
 ヤロスラブリ鉄道というのもあります。シベリヤ鉄道を走った列車がモスクワに入る時に通る鉄道でした。
 (ウィキペディア情報によりますと、2000年からシベリア鉄道はヤロスラブリからキーロフではなくウラジーミルからキーロフへ通じるルートを使っているそうです。興味ある人は地図で御確認ください。)

 セルギエフ・パサートは、1340年にセルギ・ラダネジスキー(Сергий Радонежский)という修道士が作った「トロィツェ・セルギーエフ修道院(セルギー三位一体修道院)」を中心として発展した門前町です。
 セルギ・ラダネシスキーはロストフの貴族の子どもです。父親の代に没落して、3人の兄弟と一緒にラダネジュという村に住み着きました。その後のステファンがハチコーヴォ(日本語版ウュキペディアの記述はハトコバ)で仕官します。ラダネシスキーはさらに進んでマコーヴィッツの丘で隠遁生活を送りました。これが今日のセルギー三位一体教会の前身です。
 ところで、このセルギー・ラドネジスキーは、ロシア正教の最も重要な人物の一人で列聖されており、今も不朽体として三位一体教会に保存されていて、早朝にお参りすると、この不朽体にキッスできるそうです。興味深い話ですが、信仰の世界に立ち入らないことにします。

 時代はいきなり500年ほど下がります。
 1863年にトロイツカヤ鉄道事業が始まりました。
 この名前から鉄道事業の目的が推測できます。三位一体修道院への巡礼です。
 今のヤロスラブリ鉄道です。
 この事業を引き受けたのが、イワン・フョードロヴィッチ・マーモントフ。
 イワンの死後、後を継いだのがその子、後に鉄道王として名を残すサヴァ・イワノヴィッチ・マーモントフです。
 サヴァ・マーモントフは近くのアブラムツェヴォというところに邸宅を購入し、当時の優れた芸術家を集めました。いわゆるパトロンです。
 また、サヴァの妻マリヤは、付近の子どもたちのために学校を作ります。
 この学校は、後に工芸大学のようなものになって、今日もハチコーヴォに残っています。

 セルギエフ・パサードにまつわる2人の人物について書きました。
出てきた町の名前をもう一度書きます。
 ラダネジュ、ハチコーヴォ、アブラムツェヴォです。
 セルギエフ・パサードを含めて、この4つの町の写真を撮る。これが今回の目的のひとつです。
 以下、写真を紹介します。

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 ラダネジュという村にある教会です。

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 教会の奥の方を見ると、丘が見えます。昔、ここに砦があったそうです。

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 教会の横に彫刻が立っています。

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 こんな彫刻です。外の大きい方がセルギー・ラダネジスキー、中央の小さいのがラダネジスキーの子ども時代。俗名ヴァルファロメイです。

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 教会の横に売店がありました。
 壁にかけて売っているのは、どうみても敷物に見えるのですが・・・・

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 教会の裏側に回ります。少し低くなっています。

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 こんな地形で低くなれば、普通、川があります。川に渡した橋の上の建築物。

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 川面に降りる階段があります。水汲み場でしょうか。

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 少し進むとこんな風景。パイプから流れる聖水です。タンクで汲んでいる人がいました。

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 ラダネジュの駅です。

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 ハチコーヴォの教会です。

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 ハチコーヴォの駅です。

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 一般的に、こうした駅には改札がありませんから、自由に立ち入って撮影することができます。ハチコーヴォとアブラムツェヴォは、それぞれに駅があるのに、車で走っているアレクセイに言わせると、すぐ近くで、「同じようなもの」だそうです。

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 アブラムツェヴォのサヴァ・マーモントフの邸宅です。今は博物館です。

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 邸宅の右側。サヴァのまわりに集まった芸術家たちのアトリエです。

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 集まった芸術家の一人、ブルーベリのデザインしたタイルです。

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 バーニャ、つまりサウナ風呂です。

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 子どもたちの遊戯施設。バーバ・ヤガー(鬼女)の、「歩く家」です。

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 集まった芸術家が設計した教会です。サヴァの子どもが死んだときに作られました。

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 サヴァや奥さんのマリアの墓もあります。

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 鉄道のアブラムツェヴォ駅へ向かいます。

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 橋を渡って階段を上がるとアブラムツェヴォ駅のホームです。

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 右側の手すりが崩れ落ちて、床にも穴があります。一寸危険。

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 「駅に資材を運ぶ道路は無いのか」「うーん。鉄道で運べる」というような会話。

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 ハチコーヴォのヴァスネツォフ名称工芸専門学校です。マリヤが作った学校が発展したものです。
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 セルギエフ・パサード駅です。サヴァの彫刻があります。
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 彫刻を拡大しました。

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 サヴァの彫刻から右を見ました。これが駅舎。

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 駅前広場。パラートカが並んでいます。歩いている人は、ロシアでよく見かける姿です。

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 ソ連時代セルギエフ・パサードはザゴールスクと呼ばれました。その語源になった革命家ザゴルスキー像です。「ザ」は「向う」「ゴール」は「山」ですから、日本風に言えば「向山さん」でしょうか。

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 三位一体修道院のあるマコーヴィッツの丘に向かって走っています。駅は右、玩具博物館や工場「スーヴェニール」は左側にあります。

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 三位一体修道院を通りすぎたところにマクドナルドがありました。

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 「カレッジ・イグルーシキ(玩具専門学校)」と読めます。玩具製造第一工場です。
 1917年のロシア革命以前にボルツキーという人が職人組合を作りました。
 これが、革命後「労働者・農民・赤軍ソビエト」になり、後「玩具製造第一工場」になり、マトリョーシカを作っていました。

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 こんな建物です。綺麗な人形や玩具は作っていますが、もうマトリョーシカを作っていないそうです。

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 横に回りました。まだ立ち直り切っていない。

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 さて、道路を挟んで向かい側。三位一体教会のセルギー・ラダネジスキー像です。

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 修道院内部です。
 今回は撮影料を支払って入場しました。
 玩具博物館は、月曜日と火曜日が休館だったのです。
 火曜日ですから、「またやられた」という気分です。
 そして、マトリョーシカ工場は、見学はできるのですが、クリアラッカーを塗る職人さんは「早朝しか働かない」というので、後日出直すことにしたのです。
 時間が余ったから、修道院内部で時間をつぶすことにしたのです。
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 修道院の外に出ました。ラトーク(露天の店)が並んでいます。
 巡礼の人々に土産物として玩具を販売することで発展してきた町です。
 
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 モスクワに戻って、ヤロスラブリ駅の前の建物です。
 この裏側が駅です。

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 「駅を写してくるから待っててね」
 アレクセイの車を後にして一人でヤロスラブリ駅へ行きました。
 「なんで改札口があるんだ」
 入れないんです。
 ぐるーっと回り込んで、見つけました。
 鉄柵で囲んだ左側が改札口を通らなければ入れない空間。右側が自由に立ち入れる空間です。

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 駅を背にして道路側を撮影しました。その意図は下の拡大写真を御覧ください。

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 鉄柵の側に大きな荷物が並んでいます。
 買い出してどこかで売るのでしょう。
 疑問がわきました。
 物価は、地方とモスクワのどちらが高いのでしょう。
 アレクセイの答えがわかりやすいようでわかりにくい。
 「モスクワ市内は、同じ品物を買っても、買うところによって10倍くらいの差があるでしょう」

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