轆轤師(ろくろし)、旋盤工

2015年5月17日(日)一部手直ししました。

 チャイナといえば磁器、ジャパンといえば漆器、 漆器の土台となる木材の成型を担当する巧(たくみ≒職人)を木地師という。形作るものは必ずしも円筒形とは限らないので、木地師=轆轤師ということにはならないが、木地師で検索すると、ほとんどのサイトが轆轤を紹介している。
 碗、茶筒、花器等々、思いつくものもロクロ細工が多い。

 轆轤師で調べると、その起源は「文徳天皇 の第一皇子、 惟喬親王(これたかしんのう、844~897)が近江の国(滋賀県)の小椋郷の住民に教え指導したという言い伝えがあり、ろくろ業の祖神として大皇器地祖神社(おおきみきじそじんじゃ)に祭られている」という記事をみつけた。

 http://www.ten-f.com/koretaka-rokuro.htm

 後日、このサイトに触発されてこの地を訪問しましたので、ここにリンクを挿入しておきます。(2009年11月5日追記)

 もっと古いろくろの歴史を紹介しているページもある。

http://www1.odn.ne.jp/~cak22970/rokuronorekisi.html

 というわけで木地師や挽物(ロクロ・旋盤細工)に興味はつきないのだが、ここはマトリョーシカ理解に限定して話を進める。

 ろくろは、古くは、円柱に紐を巻き付けて、この紐を引くことで回転を得たようだ。
 これも概念図を示しておこう。

画像


 後日、大皇器地祖神社やこけしの産地鳴子、遠刈田などで、ろくろに関する画像を入手しましたので、ここにリンクを挿入しておきます。
 特に後者は、手引、水車、足踏み等々、様々な動力に関する略画が並んでいて、興味深いと考えます。

 今は素材をモーターに固定して回転させる。
 固定する部分をチャックという。

 素材をモーターと、その反対側の両端で固定すると、素材の回転は安定する。
 その代わりに素材の外側しか削れない。
 この方法をスピンドル・ターンと呼ぶ。
 西洋家具の机や椅子の脚がこの方法で作られる。

 これに対して一方だけを固定し、素材の内外も削る方法をボール・ターンと呼ぶ。
 轆轤師、木地師、挽物細工師などに紹介されているのはこちらの方法である。

さて、問題は、モーターで回転する金属に木材を固定する方法である。
 先に答えを書いてしまうと、筆者がロシアで見たマトリョーシカを削る職人さんは、モーターの先端に固定された、円筒状に穴の開いた木のチャックに直接木材を打ち込んでいた。これに対して、筆者が訪問した箱根ろくろ入れ子細工作の田中さんは、木型を介在させる方法だった。

 以下筆者の略図で示す。

画像


 筆者がセルギエフ・パサートで見たロシアの旋盤職人氏は、上図のように、モーターの先端に固定されたチャックに直接木材を打ち込んで固定して、横に立って作業された。

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 田中氏は上図のように、チャックに別の木型を打ち込んで、その木型に作品を固定し、正面から作業された。

 木型を使うと、様々な大きさの作品を自在に固定することが出来る。
 田中さんの方法だと木材を粗削りしてから改めて効果的に乾燥させることができる。
下に概念図を示してみた。

画像


 裁断した大きな木材のまま乾燥させるのと、粗削りした形を乾燥させるのと、どちらが効率がよいか説明するまでもないだろう。

 マトリョーシカは中央で分割できる形を組み合わせて最後の仕上げをするから、ロシアのやり方だと木材を一気に完成まで削り上げることになる。
 それから乾燥させる。
 感想が不十分だと購入してから変形することになる。

 マトリョーシカの素材は、菩提樹、白樺、ハンノキ、ヤマナラシ等の広葉樹で、特に菩提樹が重用されている。
 木材は植物細胞が不活発な冬の内に伐採し、3年以上乾燥させると紹介されている。
 日本のサイトを照会すると、木材乾燥の目安は厚み1寸につき1年が目安とか。
 3年で十分に乾燥させられるかどうか。
 田中氏によると、「そんなやり方だと十分乾燥させられないでしょう」ということだった。

 ソ連崩壊後の経済的大混乱から立ち直り始めた1997年、セルギエフ・パサートの職人氏が「ディレクターは5年乾燥した木材を約束してくれた」と悪戯っぽく語った。ディレクターは「何年もかけて木材を乾燥させていたのでは、その頃この工房があるかどうかわからない」と悲しそうに応じた。

 この工場を訪問した時の記録をホームページで公開していたことを思い出しました。
 リンクを挿入しておきますので、興味ある方は、ここからどうぞ。(2009年11月9日追記)


 2008年8月モスクワ訪問時、11年前を思い出しつつ探し回ったのですが、この工場は無くなっていました。スヴェニールという工場の方は健在でしたが・・・・。
 スヴェニールについては、本ブログで別にまとめています。(付記)


 と、いうわけで、彼らには、粗削りして、短時間に乾燥させて、木型で固定して仕上げるという発想はなかったようである。

 「ロシアで購入したマトリョーシカを日本に持ち帰ると膨らんで閉まらなくなった」という話がある。筆者が2007年8月に購入して持ち帰った小さなマトリョーシカもかなりの力で押し込まないとは閉まらない程度に膨張したものがあった。
 田中氏所蔵のソ連時代のマトリョーシカや田中氏作の七福神の閉め心地を筆者はベンツの扉に例えた。実に気持ちよく、ピタッと閉まるのである。この締まり心地の秘訣が、木材の乾燥へのこだわりにある。田中氏を取材して、そう思った。

 繰り返しておこう。
 「マトリョーシカ制作の中心人物は、彫刻家(旋盤工)から画家(絵付け職人)に移った」
 最近のマトリョーシカを評したロシア人の言葉である。

 マトリョーシカ誕生譚を思い出していただきたい。
 工房、工房の持ち主、絵付けした画家等々、色々異論のある中で、それを旋盤工のズヴョーズドチキンが削ったということにだけは異論が無い。まさしく旋盤職人先導である。
 今日マトリョーシカに、それに絵付けした作家(画家あるいは絵付け師)の署名が入ることはあるが、旋盤工の署名が入ることは無い。

 とはいえ、今日もマトリョーシカを削る職人の技は、絶賛に値することに変わりはない。
 ダルマ型の複雑な形を相似に近い形で、いくつも重ねて入れ子に削り上げる技術は相当なものである。
 最後にマトリョーシカを削る職人氏を紹介して、この項を閉じる。
 
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 1997年9月20日セルギエフ・パサートで撮影
 木材はこのように粗削りして乾燥させられていた。

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 チャックに直接木材を打ち込んでいる。
 彼の旋盤は、モーターからベルトで動力が伝わる形になっていた。
 側面の鉄棒で腕と刃物を固定して削っている。

 以下、2007年8月9日、セルギエフ・パサートで撮影

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 この機械は一寸説明がいるかも知れない。
 職人氏が持っている木材の上に斧の先のような金属がある。スイッチを入れるとこれが高速で木材を叩き割る。云わば電動薪割り機である。
 ということは、上の職人氏より大きなままで木材を乾燥させていたことになる。

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 この機械も説明がいる。
 先に紹介したスピンドルターンの形。つまり木材の両端を固定して回転させる。
 ガイドレールに従って刃物が動く。一気に素早く円筒形に削り上がる。

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 こうして粗削りした円筒状の木材をボールターン型の旋盤のチャックに叩き込む形で固定して一気にマトリョーシカの形を削りあげる。

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 仕上がった白木のマトリョーシカである。

 この工房でも、マトリョーシカを削る旋盤工は2人しかいないと聞いた。
 ということは、筆者は2人に会ったことになるのだが・・・・・。

画像

 
再び1997年撮影の絵である。
 工房のディレクターが見せているのは、菓子鉢のようなものである。
 このような旋盤技術がマトリョーシカの背景にあると説明している。

 白木のマトリョーシカができた。
 次は着色である。

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